11.1 「なまはげ」は「毛むくじゃらのお頭」
「なまはげ」は、毛深いおかしらの意味で、何を指すのかというと、髪も鬢、あごひげ、くちひげ、ほおひげを伸ばしたアイヌの首領の風体です。鹿の毛皮の服を着ていたら、まさに、「毛むくじゃらのお頭」です。大人がぺこぺこし、怒鳴られているのですから、子供達には、最も恐い存在でしょう。
昔、「そういう悪い子は、おまわりさんに叱られますよ。」といって子供を躾た母親がいたものです。虎の威を借りて、子供を教育するのは、現代では、好まれないでしょうが、叱らなければならないけれど、子供には嫌われたくない親の気持ちを最優先させた教育システムと言えます。漁師は、時化で漁が休みのときも、男同士で酒を飲んでばかりいて、母子家庭のようなものですから、母親もきつくキツク叱れないのです。「なまはげ」には、子供を教育する必要の他に、もう一つ、教育しなければならない人達がいます。
恐い「なまはげ」に子供達は、始めは、いつものように、母親に助けを求めます。母親は、私も恐いから、お父さんのところに逃げなさいと促します.普段では、恐がられたり、煙たがられている父親は、子供達に頼られて、上機嫌です。泣き叫ぶ子供達と父親の愛情を近くで見ているのは、独身の青年です。そう、「なまはげ」に扮するのが、独身青年男性と決められているのは、こういう意味です。独身男性が「家族って、いいな」と思ってくれれば、村は繁栄するのです。
潮流の具合で、何日も帰れないのは常で、「港、港に女は、いるさ。」とうそぶく男達にヤキモキするのは村の女達です。必ず帰るような魔法、男達に父性を教育する必要を感じる女達の知恵に満ちた行事なのです。正月に因んだ行事なのではなく、漁を休み男達が家にいる正月だからこその行事なのです。
子供達の「いとおしさ」を父親にプレゼントするのが、「なまはげ」の感動です。これが、アイヌの文化から学び、長く、長く伝えられた理由で、この感動を説明できなければ、その解説は、嘘です。
あの「なまはげ」の蓑で包んだ装束は、もともとは、毛皮で、贅沢を禁じた時代に変わったものでしょう。幣(ぬさ)を持っているのも神事を司る「お頭」に扮するための小道具で、桶や刃物は獲物を村人に分配する権利と責任を表す「お頭」の象徴です。村の働き手を失わないように嫌われ役を買って出たのが始まりであろうと思われるのです。そのうち、お頭は長老で若者に代役をさせたのでしょう。
「なもみ」という低音火傷が訛ったという説が辞典に載っているに及んでは、東北人に対する誤解極まれりの感です。ネプ流しでは、眠りを戒め、なまはげでは、火にあたることを戒める、東北人は、修験者のような生活をしていると思われているのです。多少、我慢強いだけなのですが。
もし、貴方が雪国のお宅に訪れることがあったら気付く筈です。
「まあ、寒かったべ、さあ、火さあだれ。」と、暖かい最上席に導かれることでしょう。お茶より先に、お茶が無くても、これが雪国の最高の「もてなし」なのです。寒い土地では、「火」は、和みであり、癒しなのです。なもみは怠け者の象徴とか。しっかり、暖を取らないことが死を意味する土地の人には、怠け者とは、悪い冗談なのです。
ねぶたの感動は、夜空に浮かぶ灯籠と跳人の乱舞、飛び入り歓迎の踊りです。ラッセラー、ラッセラーと叫びながら、血を見ないで戦った誇りに満ちた古代人の心が感動です。それを解説できなければ、その説は、嘘だと思うのです。(2010/05/15)
11.2「なまはげ」の音韻考
numaの意味は毛です。毛深いは、numasu(又はnumaush)で、usは「生えている」の意味です。知里真志保氏は、その著作の中で、二重母音の場合、どちらかを発音しない例を述べています。
[-------a..u------]>[------u------]の例
地名ではこの例はちょっと見あたらない。アウが重母音化してウを落としてしまう例がかなりあるようである。
ota-us-nay(砂原[が].そこに群在する.川)―>Otás-nay[オたシナィ]ソラチ郡ウタシナイ[歌志内]町の原名)
noya-us-pet(ヨモギ[が].そこに群生している.川)―>Noyás-pet[ノやシペッ](ユウフツ郡アズマ村ノヤシベ川の原名)<知里真志保著作集 第4巻 平凡社刊>
さらに「はげ」はアイヌ語の「pake」で、頭のことで転じて、首領、お頭(かしら)の意味です。金田一京助氏の著作に、このパケが頭(あたま)の意味でマタギ言葉として残っていて、地方によって、方言的に、ハッケ、ハッキ、ハッケイと変形していることを述べています。
頭は津軽でハッケ(後藤)、ハッキ(後藤)、秋田でハケ(杉浦)、ハッケイ(早川)、越後でハッケ(高橋)と言うのはアイヌ語の頭を{pake}というのを思い出さす。
後藤は後藤興善氏、杉浦は杉浦健一氏で北秋田郡荒瀬村根子の山言葉、早川は早川孝太郎氏、高橋は高橋文太郎氏の採集。<金田一京助.山間のアイヌ語項より>
pとh、hとgはアイヌ語でよく入れ替わる音韻です。numasu-hageを(マ)にアクセントを置き、[s]は閉音節で日本語の基本である開音節で話す人には聞き取りにくい音韻です。
これらのことを踏まえて、声に出してみると、あ、ナマハゲに聞こえると気付く筈です。そんな訳で「なまはげ」は「けむくじゃらのおかしら」の意味なのです。(2007/04/25)
「なまはげ」は、毛深いおかしらの意味で、何を指すのかというと、髪も鬢、あごひげ、くちひげ、ほおひげを伸ばしたアイヌの首領の風体です。鹿の毛皮の服を着ていたら、まさに、「毛むくじゃらのお頭」です。大人がぺこぺこし、怒鳴られているのですから、子供達には、最も恐い存在でしょう。
昔、「そういう悪い子は、おまわりさんに叱られますよ。」といって子供を躾た母親がいたものです。虎の威を借りて、子供を教育するのは、現代では、好まれないでしょうが、叱らなければならないけれど、子供には嫌われたくない親の気持ちを最優先させた教育システムと言えます。漁師は、時化で漁が休みのときも、男同士で酒を飲んでばかりいて、母子家庭のようなものですから、母親もきつくキツク叱れないのです。「なまはげ」には、子供を教育する必要の他に、もう一つ、教育しなければならない人達がいます。
恐い「なまはげ」に子供達は、始めは、いつものように、母親に助けを求めます。母親は、私も恐いから、お父さんのところに逃げなさいと促します.普段では、恐がられたり、煙たがられている父親は、子供達に頼られて、上機嫌です。泣き叫ぶ子供達と父親の愛情を近くで見ているのは、独身の青年です。そう、「なまはげ」に扮するのが、独身青年男性と決められているのは、こういう意味です。独身男性が「家族って、いいな」と思ってくれれば、村は繁栄するのです。
潮流の具合で、何日も帰れないのは常で、「港、港に女は、いるさ。」とうそぶく男達にヤキモキするのは村の女達です。必ず帰るような魔法、男達に父性を教育する必要を感じる女達の知恵に満ちた行事なのです。正月に因んだ行事なのではなく、漁を休み男達が家にいる正月だからこその行事なのです。
子供達の「いとおしさ」を父親にプレゼントするのが、「なまはげ」の感動です。これが、アイヌの文化から学び、長く、長く伝えられた理由で、この感動を説明できなければ、その解説は、嘘です。
あの「なまはげ」の蓑で包んだ装束は、もともとは、毛皮で、贅沢を禁じた時代に変わったものでしょう。幣(ぬさ)を持っているのも神事を司る「お頭」に扮するための小道具で、桶や刃物は獲物を村人に分配する権利と責任を表す「お頭」の象徴です。村の働き手を失わないように嫌われ役を買って出たのが始まりであろうと思われるのです。そのうち、お頭は長老で若者に代役をさせたのでしょう。
「なもみ」という低音火傷が訛ったという説が辞典に載っているに及んでは、東北人に対する誤解極まれりの感です。ネプ流しでは、眠りを戒め、なまはげでは、火にあたることを戒める、東北人は、修験者のような生活をしていると思われているのです。多少、我慢強いだけなのですが。
もし、貴方が雪国のお宅に訪れることがあったら気付く筈です。
「まあ、寒かったべ、さあ、火さあだれ。」と、暖かい最上席に導かれることでしょう。お茶より先に、お茶が無くても、これが雪国の最高の「もてなし」なのです。寒い土地では、「火」は、和みであり、癒しなのです。なもみは怠け者の象徴とか。しっかり、暖を取らないことが死を意味する土地の人には、怠け者とは、悪い冗談なのです。
ねぶたの感動は、夜空に浮かぶ灯籠と跳人の乱舞、飛び入り歓迎の踊りです。ラッセラー、ラッセラーと叫びながら、血を見ないで戦った誇りに満ちた古代人の心が感動です。それを解説できなければ、その説は、嘘だと思うのです。(2010/05/15)
11.2「なまはげ」の音韻考
numaの意味は毛です。毛深いは、numasu(又はnumaush)で、usは「生えている」の意味です。知里真志保氏は、その著作の中で、二重母音の場合、どちらかを発音しない例を述べています。
[-------a..u------]>[------u------]の例
地名ではこの例はちょっと見あたらない。アウが重母音化してウを落としてしまう例がかなりあるようである。
ota-us-nay(砂原[が].そこに群在する.川)―>Otás-nay[オたシナィ]ソラチ郡ウタシナイ[歌志内]町の原名)
noya-us-pet(ヨモギ[が].そこに群生している.川)―>Noyás-pet[ノやシペッ](ユウフツ郡アズマ村ノヤシベ川の原名)<知里真志保著作集 第4巻 平凡社刊>
さらに「はげ」はアイヌ語の「pake」で、頭のことで転じて、首領、お頭(かしら)の意味です。金田一京助氏の著作に、このパケが頭(あたま)の意味でマタギ言葉として残っていて、地方によって、方言的に、ハッケ、ハッキ、ハッケイと変形していることを述べています。
頭は津軽でハッケ(後藤)、ハッキ(後藤)、秋田でハケ(杉浦)、ハッケイ(早川)、越後でハッケ(高橋)と言うのはアイヌ語の頭を{pake}というのを思い出さす。
後藤は後藤興善氏、杉浦は杉浦健一氏で北秋田郡荒瀬村根子の山言葉、早川は早川孝太郎氏、高橋は高橋文太郎氏の採集。<金田一京助.山間のアイヌ語項より>
pとh、hとgはアイヌ語でよく入れ替わる音韻です。numasu-hageを(マ)にアクセントを置き、[s]は閉音節で日本語の基本である開音節で話す人には聞き取りにくい音韻です。
これらのことを踏まえて、声に出してみると、あ、ナマハゲに聞こえると気付く筈です。そんな訳で「なまはげ」は「けむくじゃらのおかしら」の意味なのです。(2007/04/25)