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 ねぶたは青森県域の歴史
 ここに掲載するのは、青森県文化財保護協会発行の「東奥文化」第87号の「ねぷたの由来について」で発表したものをベースに加筆したものです。私は青森市出身です。子供の頃から柳田国男の「眠流し考」は違和感のあるものでした。大人達がガガスコで振る舞い酒を飲み、跳ね、酔いが回り、道端で寝込んでいるのをみて育ちました。ねぶたに眠りを戒める要素は ...
 はじめに
 青森県の津軽地方や下北半島の北部などに伝わる「ねぷた」「ねぶた」は、今では、すっかり、全国的に有名になり ...
 東京青高同窓会会報からの皆様へ
 東京青高同窓会会報第21号(2013年3月1日発行)では、紙面の都合もあり、「津軽為信が、何をねツつこく ...
 1-1. 昔の囃子言葉
 絵は津軽藩江戸詰藩士比良野貞彦が国元に来て「ねぷた」を描いた「奥民図彙の子ムタ祭之図」天明8年(1788) ...
 1-2. はじめに
 青森県の津軽地方や下北半島の北部などに伝わる「ねぷた」「ねぶた」は、今では、すっかり、全国的に有名になり ...
 2. ねぶた由来記のあらすじ
 「ねぷた」や「ねぶた」の由来は、何故、解らなくなったのでしょう。それは、坂上田村麿由縁であったからなのです ...
 3. 日本後紀 の謎に ねぶた が
 ねぷたは、坂上田村麻呂軍であったことを誇りにした人達の伝承劇と言っていながら、今から、文室綿麻呂(ふんやのわたまろ) ...
 4. ラッセラー、ラッセラー
 今までの「ねぷた」由来研究者は、青森市他各地の「ラッセラー、ラッセラー、ラッセラッセラッセラー」という「ねぶたの ...
 5. 踊り競べという文化
 笛や太鼓で踊っているのを見て、自分も踊りたくなって、踊りに加わる。そんなことで誘き寄せられる訳がない。まんまと誘き ...
 6. 前九年の役と後三年の役
 坂上田村麻呂、文室綿麻呂の恩を受け、綿麻呂の時代に移り住んだ人々によって、「ねぶた」が、できたことを話しました。これ ...
 7. ねぶた伝承地は毛外の地
 「ねぶた」の由来は、平安時代の初期、つまり、文室綿麿の征夷にまで、遡りますから、青森県の歴史を語ることになるくらい ...
 8.ネプ流し、ネブ流し、ネプタ流し
 東北や信越地方にはネプ流し、ネブ流し、ネブタ流しといった習俗があります。精霊流しや七夕、または、人形や植物などに ...
 9. ねぷた と ねぶた
 青森では、「ねぶた」と言い、弘前では、「ねぷた」と言う。過去には、どちらかに統一しようとか、どちらが正しいか、論争が ...
 10. ねぷたは流れ、豆の葉は止まれ
 「ねぷた」や「ねぶた」が、その昔、その起源まで、遡っても、現代に残っているのと同じ事をしていたわけではありません。それ ...
 11.なまはげは毛むくじゃらのお頭
 「なまはげ」は、毛深いおかしらの意味で、何を指すのかというと、髪も鬢、あごひげ、くちひげ、ほおひげを伸ばしたアイヌの ...
 12. 近衛信尹と牡丹花
 「ねぶた」、「ねぷた」の台には、必ず、牡丹の絵が描かれるものでした。大正時代や昭和時代の初期の写真を見ると確認でき ...
 13. いちご煮も混ぜこぜ語
 いや、いきなり、旬な話題になってしまいました。農林水産省の郷土料理百選に青森県の苺煮が入ってしまったのです。実は ...
 14.ヤーヤードウドウ は喧嘩ねぷた
 青森や各地の「ラッセ、ラッセ、ラッセラー」という珍しい囃子言葉の意味は、解っていただけたと思います。では、弘前等の ...
 15. おしら様考
 東北、北海道、関東に多くの信仰を集めている「おしら様」の「おしら」もアイヌ語です。その意味は「OSARA――O(陰部)+ ...
 16. 名家老、服部長門守康成の謎
 津軽偏覧日記にある「津軽の大灯籠」の記述には、いくつかの謎があります。その一つは、ねぷたのアイデアを出したという服部 ...
 17. 津軽偏覧日記 の信憑性
 「津軽偏覧日記」の文禄2年の項に「津軽の大灯籠」の記述があります。これを「ねぷた」の起源とする説にとっては、解けない ...
 18. ねぷた が影響を受けた 風流
 風流と書いて、「ふりゅう」と読みます。応仁の乱が起こり、京の町が度々、戦火に覆われたころから、江戸時代の初期まで、その ...
 19. 津軽の大燈籠 の謎解き
 「津軽偏覧日記」の拾い読みをした別稿で、文禄2年の項に、飛ばして置いたのが、「津軽の大灯駕籠」の記述です。「ねぷた」の ...
 20. 眠り流しは間違い
 「眠り流し」説は、誤りである。「ねぶた」、「ねぷた」という祭りを、「眠り」を戒め、流した習俗という説を唱えたのは、著名な ...
 21. 津軽家文書と寛永諸家系図伝
 では、津軽家は、何時から、公の場で、「牡丹の丸」の家紋を使えるようになったのであろうか? 「津軽一統志」(1731年成る) ...